「ほぼ日」でネットの特性を的確に述べた表現を見つけました。
出典:(ほぼ日、梅田望夫氏と糸井重里氏の対談)
http://www.1101.com/umeda_iwata/
≪ぼく(梅田氏)は、「Ruby」というオープンソースのプログラムを
つくったまつもとゆきひろさんという人に「オープンソースの秘密」に
ついてうかがったことがあるんですけど、彼がとても興味深いことを
言ってたんです。
出典:(ほぼ日、梅田望夫氏と糸井重里氏の対談)
http://www.1101.com/umeda_iwata/
≪ぼく(梅田氏)は、「Ruby」というオープンソースのプログラムを
つくったまつもとゆきひろさんという人に「オープンソースの秘密」に
ついてうかがったことがあるんですけど、彼がとても興味深いことを
言ってたんです。
どういうことかというと、彼にはまず、つくりたいものがあるんですね。
誰かのために、というのではなく、「自分はこういうものがつくりたい」と
思ってひとりでダーッとつくっていく。
そうすると、自然に適切な大きさの問題が生まれていくというんですね。
たとえば、自分のつくりたいことが、この机いっぱいくらいの大きさだと
すると、「この机いっぱいの大きさのものをつくる」と宣言してつくり
はじめるんだけど、人間ひとりのできることには限界があるから、
まあ、一部分だけしかできない、と。
そうすると、あいつが言ってたのにできてないところがここにあるぞ、とか、
つくったというけど欠陥があるぞ、とか、毎日毎日動きを続けていると、
適切な大きさの問題がつぎからつぎに生まれるんだそうです。
で、それさえ生まれれば、インターネット上にはそれを解決する人が現れる。
新聞にクロスワードパズルが載っていたらそれを解く人がいるように、
それをみんなが解いていくんだと。≫
適切な大きさの問題が生まれれば、解決する人が自然に現れる…
その意識は、利己でもなく、利他でもない。
そこに、「解決すべき問題」があるから、自分が解決しただけ。
この表現、すごく深いです。
誰かのために、というのではなく、「自分はこういうものがつくりたい」と
思ってひとりでダーッとつくっていく。
そうすると、自然に適切な大きさの問題が生まれていくというんですね。
たとえば、自分のつくりたいことが、この机いっぱいくらいの大きさだと
すると、「この机いっぱいの大きさのものをつくる」と宣言してつくり
はじめるんだけど、人間ひとりのできることには限界があるから、
まあ、一部分だけしかできない、と。
そうすると、あいつが言ってたのにできてないところがここにあるぞ、とか、
つくったというけど欠陥があるぞ、とか、毎日毎日動きを続けていると、
適切な大きさの問題がつぎからつぎに生まれるんだそうです。
で、それさえ生まれれば、インターネット上にはそれを解決する人が現れる。
新聞にクロスワードパズルが載っていたらそれを解く人がいるように、
それをみんなが解いていくんだと。≫
適切な大きさの問題が生まれれば、解決する人が自然に現れる…
その意識は、利己でもなく、利他でもない。
そこに、「解決すべき問題」があるから、自分が解決しただけ。
この表現、すごく深いです。